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古代ローマについて
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ガリエヌスの凱旋門

ARCVS GALLIENI


所在地はサンタ・マリア・マッジョーレ大聖堂から南東へ歩くこと約3分、中国人街を通り抜けていったところ。サン・ヴィト教会にくっついて立っている。表面の碑文によると、騎士階級のローマ市民アウレリウス・ウィクトルが、「寛容な第一市民ガリエヌス」と「神聖な皇妃サロニナ」に献上したもの。皇帝ガリエヌスは262年に即位10周年祭(共同皇帝時代を通算)を開催して凱旋行進も行っているので、そのときに建設されたものと考えられる。ただ、碑文を刻んだ石板の上に別の石板が打ち付けられていた跡があるので、本来はガリエヌスの父である皇帝ウァレリアヌスに主に奉献されたものだったのが、ウァレリアヌスがササン朝ペルシアとの戦いで捕囚の身となってしまったために、父の存命時は共同皇帝だったガリエヌスの名を刻んだ石板だけが残されたという説も。
かつては両側に小さなアーチがある三連の門だったようだが、現存しているのは中央のアーチだけ。水平の梁材が傾いていても、半円のアーチが下からしっかり支えていて崩れないという、アーチ構造のお手本のような形になっている。



もともとここは、ティブルティーナ街道とラビカーナ街道がセルウィウスの城壁を通過するエスクイリーナ門があった場所。セルウィウスの城壁が解体された後のアウグストゥスの治世にも、リウィア市場(Macellum Liviae)を含むエスクイリヌスのフォルムの一角に、エスクイリーナ門は残されていた。したがってガリエヌスに献上された凱旋門も、新造したのではなく、既存の門を改装したものとも考えられている。
材質はトラヴァーチン大理石で、高さ8.8m、幅7.3m。外側にはコリント式柱頭のある付柱が貼られている。市民が献上したものとはいえ、他のローマ皇帝が残した凱旋門に比べるとスケールは比べようもなく、ガリエヌスが皇帝の座にいた3世紀のローマがいかに苦難の時代だったのかが偲ばれる。

| MONVMENTA(遺跡) | 08:46 | comments(0) | trackbacks(0) |
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