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古代ローマについて
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マルクス・アウレリウスの記念柱

COLVMNA CENTENARIA DIVORVM MARCI ET FAVSTINAE


五賢帝の一人マルクス・アウレリウスが親征したマルコマンニ戦争の顛末を、絵巻物のように螺旋状の浮き彫りにした記念柱。マルクス・アウレリウスと、その妻でありコモドゥスの母であるファウスティーナに捧げられた。カラーラ産の白大理石をダルマ落としのように積み上げた高さ29.6m(ちょうど100ローマ・フィート)の円柱で、背が高いために写真では細く見えるが、直径は3.7mあり間近で見るとかなりの太さ。中には入れないが、内部には螺旋階段があって頂上まで登れるらしい。


下から上へと進む物語の始まりは、円柱の基部、ドナウ川の渡河の場面から。この写真ではわかりにくいが、左端にはトラヤヌスの記念柱と同じく擬人化された河の神が描かれていた。また軍事用の架設の舟橋にもかかわらず両端には立派な門が建てられおり、ローマ人の凱旋門好きが伺える。


クァディ族に包囲されたローマ軍が飢えと渇きで絶対絶命の窮地に陥ったとき、突然の雷雨に救われたと歴史家カシウス・ディオが記した「雨の奇跡」に相当する場面。毛の長い猿人のような雨の神が両手を広げて水を降らせ、この写真ではわかりにくいかもしれないが、左側ではローマ軍団兵が盾を頭上に掲げて恵みの雨を受け止めている。円柱なので、ひと続きの場面を見るにはぐるぐると歩き回らなければならないのがつらいところ。雨を呼んだのは従軍していたエジプトの魔術師とされるが、後世にはキリスト教徒の兵士のおかげということになった。



他にも、ローマ兵が敵から奪った盾を組み上げた即席の戦勝記念柱、テストゥド(亀甲隊列)を組んで敵の砦を攻めるローマ兵などが見えたが、私が確認できたのはそれくらいまで。肉眼ではもちろん、デジカメの写真を拡大しても、上の方ははっきり判らない。同じ五賢帝のトラヤヌスの記念柱は、リンゴのように皮むきにした全場面の複製がローマ文明博物館に、円柱を真ん中で二つ折りにした複製がロンドンのヴィクトリア&アルバート博物館にあるが、マルクス・アウレリウスの記念柱はそれより美術的評価が低いらしく、複製は作られていない。なかなか劇的な場面も多いようなので、ぜひどこかの博物館で展示して欲しいものだが・・・

| MONVMENTA(遺跡) | 19:51 | comments(0) | trackbacks(0) |
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