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古代ローマについて
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インスラ(共同住宅)

INSVLA

オスティアのインスラの復元模型
(ローマ文明博物館)

古代ローマの高層集合住宅。現在の日本でいうマンションにあたる。語源はラテン語の「島」から、四方を道に囲まれた街区→共同住宅という意味になった。富裕層が所有していたドムス(一戸建)やウィラ(郊外の別邸)に対し、庶民が賃貸で住んでいたのがこのインスラだった。4世紀頃のローマ市には、1,797戸のドムスと46,602棟ものインスラがあったという。通りに面した1階はだいだい商店で、2階以上が住宅。主に木材とレンガで造られ、中下層階級用の建物のため手抜き工事が多く、たびたび倒壊したり、火災が発生したりした。水道は1階にしかないため、(また、当たり前だがエレベーターもないため)上の階ほど家賃は安かった。カエサルポンペイウスとともに第一次三頭政治の一角となった共和政末期の有力者クラッススは、火災があると延焼の可能性がある近隣のインスラを家主から安く買い叩き、財を成したといわれる。


オスティアのインスラの復元模型
(ローマ文明博物館)
現在のヨーロッパにあっても違和感はない。

西暦64年に発生したローマの大火の後、皇帝ネロは区画整理を実施。すでにアウグストゥスの時代に70ローマン・フィート(約20m)に制限されていたインスラの高さを、さらに60ローマン・フィート(約17m、6階建くらい)に定めた。また以前は増築された部分が道路の上に突き出ていたのを、道幅を広げて正面に柱廊を設けさせ、延焼防止のために建物の間隔を確保した。もっともそのため通りを歩いていると夏場は直射日光をもろに浴びることになり、「昔の方がよかった」と不平を洩らす者もいたという。


オスティア・アンティカ、ディアナの家
Casa di Diana


オスティア・アンティカ、セラピスのインスラ
Insula del Serapide


ローマ、アラコエリ(アラチェリ)教会下のインスラ
Insula dell'Ara Coeli
カンピドーリオの丘の北側斜面の下にある。首都の中心部だが、ローマ時代は貧民階級の地区で、一度は沈静化した64年の大火が再炎上したのはこのあたりから。


現在の遺跡は2世紀のもの。当時の1階は現在では地下。中世には教会に転用されていたため、一部に宗教画が残っている。

| MVSEION(博物館) | 12:36 | comments(2) | trackbacks(0) |
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コメント
Giraudさま

はじめまして!
私古代ローマをテーマにしたブログ、『古代ローマライブラリー』を運営している名もなき司書官と申します。

同じ古代ローマをテーマとするブログに巡り会えたことを嬉しく思います。
これから少しずつでも読みすすめていきますね。

さて、私のサイトでこちらの記事の内容を参考にさせていただきましたので、記事のURLをご案内いたします。

インスラ ―古代ローマにあった都市型の高層集合住宅―
https://anc-rome.info/insula/

こちら、もしなにか不都合がございましたら、ご一報いただけますと幸いです。


それでは今後ともよろしくお願いいたします!
| 古代ローマライブラリー | 2019/02/24 6:18 PM |
ご訪問ありがとうございます。
すっかり更新をさぼっていますが、参考にしていただければ幸いです。名もなき司書官さんのブログも拝見させていただきます。
| Giraud | 2019/02/26 7:01 AM |
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